囲碁部B
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作成日時 : 2009/01/11 23:18
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寝台特急さくらで上京した顧問の先生と、生徒3人の計4人は午前中には
東京駅に着きますが、その日は永遠と歩いたり、タクシーに乗ったりと、
長い一日を過ごす事となります。
行った順番が確かでは無いですが書いてみますね。
先ず、東京駅から丸の内のオフィスビル街へと向かいます。
片手にスポーツバック提げて、キョロキョロしながら、先生の後を子供の
アヒルみたいについて行くわけですから、周りから見れば、
いかにも「おのぼり」さんに見えたことでしょうね。
先生は、第一生命ビルの前で立ち止まって、ビルを指さし
先生 「ここがGHQ(連合国軍総司令部)のあったところで、マッカーサーが
居たところだよ」
私達 「???」
実はこの先生、社会科の先生で、実際私達も、「政経」や「歴史」の授業を
受けていたのです。
まあ外観だけ見ても普通のビルにしか見えないわけで、わざわざ来る必要が
あったのかというのが素直な感想でした。。。
(さっき調べた所によると現在でも、マッカーサー総司令官室は保存され
一般にも公開されているようです。)
皇居が見渡せる所を進駐の本部に選んだのですね。
それから皇居外苑を歩いて、おのぼりさんお決まりの、二重橋で写真をパチリ。
その後は明治神宮参拝>原宿通りを散策。田舎者は人の多さに酔いますね^^;
途中で有楽町で醤油ラーメン(中華ソバ?)を食べた記憶がありますが、その時
の印象は「こんなまずいラーメンを都会の人は食べているのか〜」でした^^;
靖国神社にも行きましたね。先生は大鳥居の前で深々と拝礼され、
境内にあった掲示板の何かを見ながら涙されていたようで、手招きをされ
私たちもその手紙のよう物を読みました。
特攻隊で命を落とした少年兵達が最後の夜に母親に宛てた毛筆の手紙でした。
未だその当時の私たち「戦争を知らない子供達」少年は何気なく読むにとどまっ
たようですが、のちに鹿児島の「知覧特攻平和会館」で同じ多数の手紙を
読んだときは、あふれでる涙はいつまでも止まることはありませんでした。
囲碁と関係ない記事になりましたが、その日は何処に泊まったのかは記憶には
ないのですが、下見に市ヶ谷の日本棋院の前までは行ったようでした。
そして次の日、坂田栄男9段と、二十五世本因坊治勲さんのオーラに圧倒
されることとなります。
続きはCで後日書きます。お付き合いくださいませ。zzz
追記:東京遠征の事は当初ブログで書くつもりはなかったのですが、幽玄の間で
少年達と接するにつれて、私の遠い青春がよみがえりまして、思い出
探しの意味で記事にしたいと思ってます。ブログを読んでいただく皆さん
には文章が支離滅裂で読みにくく、伝わりにくい点もあるかと存じますが、
ご勘弁くださいませ。。。
↑いつもありがとうございます。1日1回押してくださいね♪
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