囲碁部C日本棋院編
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作成日時 : 2009/01/14 02:41
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上京して2日目、日本棋院にて囲碁を打つ日です!!
開会式には当時の坂田栄男9段が理事長でしたので、大会委員長として
挨拶がありました。
坂田9段と言えば改めて紹介するまでもなく二十三世本因坊の称号の他、
タイトル獲得数64個など昭和の最強棋士の一人で、その当時も勿論トッププロ
として、現役+理事長の多忙な責務を果たされていました。
NHK杯でも拝見していましたし、その当時は対局でもタバコを吸いながら
でしたから、その印象が強かったのを覚えていますね。
坂田先生の「碁の布石戦略」という本も買ってこれでもかと並べていましたので、
その雲の上の人と逢った訳ですから、ただでさえ心臓バクバクで開会式を
迎えているのに余計に緊張感が増していきましたね。
現在も、昨年米寿を迎えられてお元気にされていますよと風の便りで聞くことが
出来ました。
審判長が当時25歳の趙治勲名人でしたね。
この時はもう、武宮本因坊への挑戦が決まっていたのか、タイトル戦打っている
最中だったのかは定かではありませんが、とにかくこの年に史上4人目の
名人・本因坊となられました。
挨拶の中で今のように軽く冗談も言われたと思いますが、オカッパ頭に
眼光鋭い目つきで、いかにも勝負士の顔に見えたのを今でも覚えています。
この後、団体戦の一回戦の対局が始まる訳ですが、相手は愛知県の滝高校と
私は中堅として出場することとなりました。
1981年(昭和56年)と言えば、明日から始まる棋聖戦の挑戦者になった
依田紀基9段が前年の80年に入段して11連勝したりで華やかなデビューを
果たして2年目で、棋聖戦初段戦の決勝を石倉9段と決勝を争って優勝した
年でもあります。
先ほど書庫から当時の囲碁クラブに決勝の棋譜が石田24世本因坊の
解説付きで載ってましたので、久々に並べたのでした。
ちなみにこの年、依田九段は3段まで昇段しています。
一方の山下棋聖は未だ3歳を迎えるちょっと前ですね。
5年後の86年には小学2年生で小学名人となったのは皆さんご存じの通りで
私もテレビで可愛らしい映像を見たのを覚えています。
棋聖がいつから囲碁を始めたのかは存じていませんが、この年もう2歳にして
碁石を握っていたのでしょうかね〜??
ちなみに準優勝は高尾十段で、その3年後の小学6年生で優勝する溝上8段は
3年生で初出場して、2回戦で優勝した山下少年に負けています。
特に今回の棋聖戦は、以前記事に書いたように、依田さんに頑張って貰いたい
ですね。
と言ってもいつもの7番勝負みたいに7局見たいとの願望は同じですが。。。
話がそれましたが、よこけん少年の暑い夏の対局が始まりました!!
私の白番ですが、前半からうまく打てずに早くも非勢となります。。。
で、下が途中までの棋譜ですが、思いもかけないことになります
段の方なら特に一目でわかられるとは思いますが「あれれ??」となった場面です。
詳しくはDで書きますね。
今日からの棋聖戦の熱戦を期待します。zzz
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